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樺太引揚者による戦後開拓の足跡 - 中山分校跡

 1945年の太平洋戦争敗戦後、国内外で戦災にあった4万5365戸が北海道で開拓に従事する事となる。大野町(現北斗市)でも、国道227号線に面する中山地区に樺太からの引揚者38戸が入植する事となる。
入植した38戸には緊急開拓地として509haが割り振られた。当初は焼畑による開墾を目指したが、畑作は軌道に乗る事は無く、牧草地を広げ、酪農に活路を見出す事となる。
 開拓者の子弟の教育は学校のある都市部と遠距離であった為、冬期間の通学に大きな支障をきたしていた。子弟の教育の充実の為、昭和29年(1954)1月、中山地区の人々の手により大野町立市渡小学校中山分校が設立された。1年生から4年生までの複式学級となっており、最大事で児童が28名、在校する時期もあった。  酪農の不振から離農が増え、過疎地域となっていき、平成4年(1992)に入学する児童・在校生が0名になった為、38年3ヶ月の歴史を閉じる事になる。。


汗流の石碑(開校30周年記念)
校舎跡
汗流の石碑(開校30周年記念
汗流の石碑(開校30周年記念
汗流の石碑(開校30周年記念
校門



所在地 北斗市中山
電話番号 -
休み -
時間 -
交通 -
駐車場 無し


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[ 2011/10/07 22:01 ] 渡島支庁 北斗市 | TB(0) | CM(0)
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