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松浦判官宿泊聴佛法僧之地

道北の内陸部、天塩川上流に音威子府村がある。2010年11月現在、北海道で一番人口の少ない市町村である。音威子府の名前が歴史に登場するのは、1797(寛政9)、「松前地並西蝦夷地明細記」で、「ヲトヱ子フ」と表記される事から始まる。
1857年(安政4年)に松浦武四郎が自身5回目の蝦夷地調査の際に現在の音威子府村筬島付近を訪れる。付近にはアエトモの家族7名、トキノチの家族6名からなる2件の集落があり、そこで宿泊をする事になった。夜にり「ホッホッホッホッ」と鳥の鳴き声が聞こえてきた。アエトモが、昔最上ニシハが内地にもいる仏法僧という鳥だと言い、「余も始て仏法僧なる事を知りたり」と手塩日誌に書いている。



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