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坂本直寛(龍馬の甥)・弥太郎の墓

 坂本直寛は龍馬の甥にあたる。本家5代目当主である。自由民権運動に身を投じ、立志社時代には憲法起草委員として「日本憲法見込案」の起草。高知県議員に当選し政治に深く関わっていた。同時に敬虔なクリスチャンでもあり、1885年に高知基督教会が設立された後、同教会にて洗礼を受けキリスト教徒となっている。
 1896年、片岡健吉らの勧めやロシアの南下の憂いもあり北海道開拓に乗り出す事になる。キリスト教系移民団である「北光社」を高知にて設立し、一族合わせて600名にて北見訓子府へ移民を実施する。
 その後、浦臼にて武市安哉が開いた聖園農場へ移住し、明治37年には旭川日本基督教会にて按手礼を受ける。その後は牧師として十勝監獄や旭川師団など囚人や軍人に対する伝道に尽力している。明治42年には札幌へ転居し、札幌北一条協会の牧師となり。明治44年、胃ガンで没している。
 坂本直寛は札幌の円山の麓にある円山地に葬られている。坂本直寛の石の並びには長女・直意(なおひろ)の婿養子である坂本弥太郎のもある。弥太郎は材木業を営むなど商才も豊かで、札幌にて議員を務めるなど政治への参加も行っていた。直寛と同じく敬虔なキリスト教徒でもある。


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坂本直寛の(郷士坂本家5代目当主)
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坂本直寛の石裏側
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坂本一族の全景
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坂本弥太郎の墓(郷士坂本家6代目当主)
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坂本弥太郎の墓(郷士坂本家6代目当主)
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所在地 札幌市中央区南4条西28丁目
電話番号 -
休み -
時間 -
交通 地下鉄東西線円山公園駅から徒歩10分
駐車場 無し
利用料金 無料


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琴似屯田兵村兵屋跡

 人の往来も多い琴似の街中にビルとビルに囲まれた路地を歩くと古びた木造住宅と畑がある一角が現れる。この建物は琴似が屯田兵村だった頃を今に伝えるものである。
 北方開拓の為、明治2年(1869年)7月8日に開拓使が置かれに明治政府による北海道開拓が本格的に開始される。北海道同様に開拓使の管轄に置かれた樺太で日露間に紛争が発生する(樺太は安政元年に締結された日露和親条約によって日露両国の雑居地となっていた)など、ロシアの南下や福山・江差騒動の発生など、治安の懸念があったが、明治4年3月の段階で函館周辺の警備に当たっていた、総員174名のみであり北海道の防備と考えるとまったく足りていなかった。このような背景もあり、開拓次官の黒田清隆により太政官に屯田制の建議があり、明治7年に屯田兵例則が定めらる。
 琴似は屯田兵例則が定められた後に最初の兵村であり、明治7年に建設に着手され、明治8年5月17日に最初の57戸、213名が入植。明治11年に7戸の分家補充後、第一中隊が編成され、全世帯人数で1142人の兵村となった。本建物は明治7年に建てられ、同8年に屯田兵として入植した宮城県亘理郡小堤村出身の清野専次郎に給与された第133号兵屋である。
 敷地は150坪、建坪17.5坪の柾ぶき板囲い土壁作りで、一戸あたり230円69銭で建設され、未開の地の開拓の礎となった建物である。建物内部には当時の農機具や屯田兵制度に関する資料等が展示されており、当時の生活を垣間見る事ができる貴重な文化財となっている。


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琴似村屯田兵村の開墾状況 1
北大北方資料室 - 明治大正期北海道写真目録(明治大正期の北海道・目録編)収載


所在地 札幌市西区琴似2-5
電話番号 011-621-1988
休み 年末年始
時間 9:00~16:00
交通 地下鉄琴似駅1番出口から徒歩3分。
駐車場 無し
利用料金 無料




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[ 2010/01/13 11:51 ] 石狩支庁 札幌市 | TB(0) | CM(0)

厚別水車器械所跡

 明治12年、開拓史は開拓に伴う木材需要の増加に答える為、アメリカのケブロン企画から水車動力式の製材機械(82馬力水車元車)を輸入し、アシリベツの滝上流に設置。数百名に及ぶ労働者を抱え、本場所で作成された加工木材は時計台や豊平館や鉄道の枕木として使われたそうです。


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厚別器械所凡千分壱之図
北大北方資料室 - 北海道関係地図・図類目録収載
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厚別山水車機械所(開拓使工業局所管)
北大北方資料室 - 明治大正期北海道写真目録(明治大正期の北海道・目録編)収載


所在地 北海道札幌市南区滝野
電話番号 -
休み -
時間 -
交通 -
駐車場 無し


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[ 2009/09/02 09:55 ] 石狩支庁 札幌市 | TB(0) | CM(0)

高射砲台跡 札幌市美香保公園

 北海道大学のキャンパスから創生川を渡り東へしばらく走ると美香保公園があります。ここには札幌オリンピックのフィギュアスケートの会場となった体育館があり、多くの緑や運動施設を求めて多くの人で賑わっています。  そんな美香保公園の片隅に旧日本軍の高射砲跡が残されています。コンクリート製の土台が残されており、戦争が起っていた現実を今に伝えています。札幌市内で太平洋戦争を目で見て感じれる場所です。

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高射砲跡中心部
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グラウンド側高射砲台座跡
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グラウンド側に残ってるコンクリート
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説明文


所在地 北海道札幌市東区北22条東5丁目
電話番号 -
休み -
時間 -
交通 地下鉄南北線「北24条駅」下車 3番出口徒歩10分
駐車場 駐車場あり。
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[ 2009/08/16 14:43 ] 石狩支庁 札幌市 | TB(0) | CM(0)

札幌市元町墓地跡

 札幌市東区の住宅街にある東区元町まちつくりセンターの横にひっそりと佇む雑木林があります。ここが今回紹介する元町墓地跡です。開拓の時代から墓地として使用されていましたが、昭和48年10月に里塚霊園へ移設されました。

 ・石碑の説明文

 「この地は、開拓以来、諸霊を祀ってきたが、昭和48年10月28日、墓主らの協力を得て、静寂の地である里塚へ移転改葬したものである。 昭和48年10月28日 札幌市」

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昭和41年頃の航空写真
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現在の航空写真
所在地 北海道札幌市東区北20条東20丁目
電話番号 -
休み -
時間 -
交通

-

駐車場

駐車場なし

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[ 2009/08/05 12:48 ] 石狩支庁 札幌市 | TB(0) | CM(0)


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